パソコンを新調したのに、なぜか動画の再生がカクついたり、バッテリーの減りが速くなったりして困っている…。もしかすると、それはメーカーが意図的にある機能を無効化したことが原因かもしれません。
2025年11月、Dell・HPという2大PCメーカーが、一部のノートPCで重要な動画再生機能を削除していることが明らかになりました。これは、実は単なる仕様変更では済まない、ユーザーにとって深刻な影響があるんです。そこで、この問題について深く掘り下げていきたいと思います。
パソコン業界で今何が起きているのか?
DellとHPは、日本でも大きなユーザーを持つメーカーですよね。使っている人も多いと思います。私自身もDellのノートPCを所有しています。
実は、DellとHPが販売するエントリーレベルやミドルレンジのビジネスノートPCで、HEVC(H.265)ハードウェアデコード機能を意図的に無効化されていることが判明しました。これは海外メディアのArs TechnicaやTom’s Hardwareなどが報じた内容で、両社が事実を認めています。
これが何を意味しているのかというと、これらのPCに搭載されているCPUやGPUは本来HEVC再生に対応しているのに、ドライバやファームウェアレベルで機能が封印されているということ。つまり、ユーザーはウェブブラウザで動画を再生しようとすると無限ロード画面に遭遇し、専用の動画プレーヤーでしか再生できない状況に陥っているのです。
購入時の製品仕様書にもほとんど記載がなく、多くのユーザーが気づかないまま「スペック通りに動かないPC」を買わされているという構図になっています。
HEVC(H.265)って何?なぜ重要なの?
まず基本的なところから説明します。HEVC(High Efficiency Video Coding)は、別名H.265とも呼ばれる動画圧縮技術のこと。前世代のH.264に比べて、同じ画質でファイルサイズを約半分にできる優れた技術です。
4K動画やHDR映像を扱うときには特に重要で、YouTubeやNetflix、Apple TV+などの動画配信サービスでも広く使われています。iPhoneで撮影した動画も、このHEVC形式で保存されていますよね。
動画を再生するとき、圧縮されたデータを元に戻す作業(デコード)が必要です。この作業を「ハードウェアデコード」と「ソフトウェアデコード」の2つの方法で行えます。
ハードウェアデコードは、CPUやGPUに内蔵された専用回路で処理する方式。次のようなメリットがあります。
- 省電力:専用回路が効率的に処理するため、バッテリー持ちが良い
- 低負荷:CPUの負担が少ないので、他の作業と並行しても快適
- 低発熱:効率的な処理で熱を抑えられる
- 高画質再生:4Kや8K動画もスムーズに再生できる
一方、ソフトウェアデコードはCPUがすべての処理を担当します。汎用性は高いものの、電力消費が多く、発熱も増え、バッテリー駆動時間が短くなってしまいます。
つまり、ハードウェアデコードが使えないということは、CPU・GPUが本来持っているはずの性能を発揮できない状態にあるということです。
なぜDell・HPはHEVC機能を無効化したのか
両社とも正式な理由は明言していませんが、業界では特許料の高騰が原因と見られています。
特許料の実態
HEVCは複数の特許プールによってライセンスが管理されており、デバイスメーカーは次のような費用を支払う必要があります。
| ライセンス管理団体 | 費用 |
|---|---|
| MPEG LA | 1台あたり0.2ドル、または年間2,500万ドル |
| HEVC Advance | 1台あたり最大1ドル、または年間上限4,000万ドル |
| Velos Media | 1台あたり1〜2ドル(推定) |
| Via LA | 1台あたり0.25ドル、または年間2,500万ドル |
さらに2026年1月から、Access AdvanceによるHEVCロイヤリティが1台あたり0.20ドルから0.24ドルに値上げされる予定です。
コスト削減の規模
2025年第3四半期だけで、HPは約1,500万台、Dellは約1,017万台のPCを出荷しています。年間で考えると、両社合わせて数千万台規模です。
1台あたり0.2〜2ドルの特許料を支払うとなると、年間で数千万ドル、場合によっては1億ドルを超えるコストになる可能性があります。Dell・HPにとっては無視できない金額だとは思います。
対象モデル
HPは2024年から実施しており、ProBook 600シリーズG11、400シリーズG11、200シリーズG9などのビジネスモデルが対象です。Dellも「標準およびベースシステム」で無効化しており、4Kディスプレイ搭載モデルや専用GPUを搭載したプレミアムモデルは対象外としています。
つまり、コストを抑えたエントリーモデルやミドルレンジのビジネスPCでは機能がカットされ、高価格帯の製品では維持されているという構図です。
どのような問題があるのか
この無効化措置には、いくつもの問題点があります。
十分な説明がない
最大の問題は、購入時にほとんど説明がないことです。製品の仕様書には詳しく記載されておらず、一部のHPモデルのデータシートに「Hardware acceleration for CODEC H.265/HEVC is disabled on this platform(このプラットフォームではH.265/HEVCのハードウェアアクセラレーションが無効化されています)」と小さく書かれている程度。
多くのユーザーは購入後に初めて問題に気づくことになります。本来の性能を持つCPU・GPUを搭載しているのに、その機能が使えないのは、明確に知らされないと納得できません。
どのアプリで影響が出るのか
まず、具体的にどのような場面で問題が起きるのかを見ていきましょう。
影響を受けるアプリケーション
- ウェブブラウザ(Chrome、Firefox、Edgeなど):HEVC形式の動画が再生できず、無限ロード画面になるケースが報告されている
- 動画配信サービス:Netflix、YouTube、Amazon Prime Videoなどで一部の高画質コンテンツが正常に再生できない可能性
- ビデオ会議ツール:Microsoft TeamsやZoomなどで、HEVC圧縮を使用した動画共有が不安定になる恐れ
- 写真・動画管理アプリ:iPhoneで撮影したHEVC形式の動画をブラウザ経由で再生しようとすると失敗する
- オンライン動画編集サービス:ブラウザベースの編集ツールでHEVC素材が扱えない
影響を受けないアプリケーション
- VLC Media Player:ソフトウェアデコードで再生可能(ただし省電力性能は失われる)
- Windows Media Player:同様にソフトウェアデコードで対応
- デスクトップ版動画編集ソフト:Adobe Premiere ProやDaVinci Resolveなど、独自のコーデックを持つアプリは影響が限定的
つまり、特にウェブブラウザでの動画視聴が最も大きな影響を受けるということです。最近はブラウザで動画を見る機会が多いですから、これは深刻な問題です。
パフォーマンスの低下
ハードウェアデコードが使えないということは、すべてソフトウェアデコードに頼ることになります。その結果、次のようにパフォーマンスが低下します。
- バッテリー持ちの悪化:HEVC動画を見ているとバッテリーの減りが明らかに早くなる
- 発熱の増加:CPUが常に高負荷で動作するため、ファンが回りっぱなしになることも
- パフォーマンスの低下:動画再生しながら他の作業をすると、全体的に動作が重くなる
- ブラウザでの再生不可:ChromeやFirefoxなどでHEVC動画が再生できない
実際に、Dell Pro 16 Plus、Dell Pro 14、Latitude 7350、HP ProBook 460 G11などのユーザーから、動画再生の問題が報告されているそうです。
ユーザーの選択肢の喪失
CPUやGPUは本来の機能を持っているのに、メーカーの都合で使えなくされているというのは、消費者の権利の観点からも問題です。スペックシートに書かれたプロセッサの性能を、本来の形で使うことができないわけですから。
ビジネスノートPCでは、オンライン会議ツールでの動画品質にも影響が出る可能性があり、「前のモデルのほうが性能が良かった」という評判につながるリスクも指摘されています。
コスト優先の姿勢
両社とも「Microsoft Storeから手頃な価格のサードパーティアプリを購入すれば、HEVC再生が可能になる」とアドバイスしています。
でも、よく考えてみると、本来持っているはずの機能を使うために、追加でお金を払えというのは筋が通らない話です。しかも、サードパーティアプリではハードウェアデコードを再有効化できないため、根本的な解決にはなりません。
年間数千万ドルのコスト削減のために、数百万人のユーザー体験を犠牲にする――この決断が、Dell・HPブランドへの信頼を傷つける可能性は十分にあります。
(技術的に)回避策はあるか?
残念ながら、完全な解決策はほとんどありません。
サードパーティアプリの利用
VLC Media PlayerやWindows Media Playerなどの動画プレーヤーを使えば、ソフトウェアデコードで再生は可能です。ただし前述の通り、バッテリー消費や発熱の問題は解決しません。
Microsoft Storeで販売されている「HEVCビデオ拡張」を購入すれば、一部のアプリでの互換性は向上しますが、これもソフトウェアデコードなので根本的な解決にはなりません。
汎用ドライバーの利用
Intel、AMD、NvidiaなどのGPUメーカーから提供される汎用ドライバーをインストールすれば、一部のケースでハードウェアデコードを再有効化できる可能性があります。
ただし、これには次のリスクがあります。
- メーカーのカスタマイズ設定が失われる
- 保証対象外になる可能性がある
- ファームウェアレベルで無効化されている場合は効果がない
この方法は、技術的な知識がある方以外にはおすすめできません。
新規購入時の注意点
このような問題があるため、Dell・HPのPCをこれから購入を検討している方は、次の点に注意したほうがいいでしょう。
- プレミアムモデルを選ぶ:4Kディスプレイや専用GPU搭載モデルは対象外
- 詳細仕様を確認:製品ページやデータシートで「HEVC hardware acceleration」の記載を探す
- 購入前に問い合わせる:不明な場合は販売店やメーカーに直接確認する
- 他メーカーも検討:Lenovo、ASUS、Acerなどは現時点で同様の措置を取っていない
正直なところ、Dell・HPのこの方針が続く限り、該当モデルの購入は慎重にならざるを得ないかもしれません。
他メーカーの動向と今後の懸念
では、他のメーカーはどのような対応をとっているのでしょうか?
現時点での他メーカーの状況
Lenovo、ASUS、Acerなどの主要メーカーは、現時点では同様の措置を取っていないようです。ただし、コスト削減の圧力はどのメーカーも同じなので、今後同様の動きが広がる可能性は否定できません。
実際、NASメーカーのSynologyも、コスト増を理由にHEVC、H.264/AVC、VCIトランスコーディングのサポートを終了しているという前例があります。
業界全体への波及懸念
もしDell・HPの”成功例”を見て、他のメーカーも追随し始めたらどうなるでしょうか?
- エントリー・ミドルレンジPCでは標準的にHEVC無効化が当たり前に
- プレミアム価格を払わないと基本的な機能が使えない状況に
- 消費者の選択肢がさらに狭まる
特に法人向けモデルでは、コスト削減の圧力が強いため、こうした流れが加速する危険性があります。
次世代コーデックへの期待
ここまで暗い話ばかりでしたが、ポジティブな話題がないわけではありません。今回の問題は高額な特許料が発端です。つまり、この問題をきっかけにして、ロイヤリティフリーのコーデックであるAV1への移行を促進する可能性があります。
AV1は次の特徴を持つ次世代コーデックです。
- 完全無料:特許料なし、オープンソース
- 高効率:HEVCと同等以上の圧縮性能
- 広範なサポート:Intel(11世代以降)、AMD(RX 6000シリーズ以降)、Nvidia(RTX 30シリーズ以降)がハードウェアデコードに対応
- プラットフォーム採用:YouTubeなど主要配信サービスで導入が進む
もしかすると、今回の騒動が業界全体をAV1へ移行させるきっかけになるかもしれません。そうなれば、特許料問題から解放され、より良いエコシステムが構築できるはずです。
まとめ:ユーザーができること
今回のDell・HP HEVC無効化問題は、単なる技術仕様の変更ではなく、ユーザー体験を軽視したコスト優先の判断と言わざるを得ません。
結局のところ、メーカーの方針を変えられるのは私たちユーザーの声です。「不満があれば、カスタマーサポートに伝える」「SNSやレビューサイトで実態を共有する」「購入の選択で意思表示する(問題のあるモデルは買わない)」といった動きが必要でしょう。
いずれにせよ、ユーザーの利益を無視したコスト削減は、長期的には誰も幸せにしません。私たち消費者が賢い選択をし、声をあげ続けることが、業界を健全な方向へ導く第一歩になるのではないかと思います。

