2025年10月31日、Microsoftが最新のWindows 11 Insider Preview ビルドを公開し、Arm版Windows向けのエミュレーター「Prism」の機能強化を発表しました。これにより、Arm版Windowsで動作するx86/x64アプリがさらに増える見込みです。
「これでArm版Windowsも安心して使えるようになるのかな?」と期待している方も多いかもしれません。そうなれば、高価なIntel/AMDのWindows PCではなく、手頃な価格帯のArm版Windows PCを選べます。ですが、そう簡単には物事はうまく進まないんですよね。
確かに、互換性は着実に改善されつつあります。でも、「じゃあもう問題ないの?」と聞かれると、正直なところまだ慎重に考えた方がいいというのが現状。
そこで、最新のプレビュー版で強化された内容と、それでも残る課題について詳しくお伝えしていきます。
最新プレビュー版で何が変わった?
まず、今回のアップデートで何が改善されるのかを見ていきましょう。
Prismエミュレーターの機能強化
Microsoftが10月31日に公開したWindows 11 Insider Preview ビルド「26220.7051」では、「Prism」というエミュレーターの機能が強化されました。Prismは、従来のx86/x64向けアプリをArm版Windows上で動かすための変換技術です。
今回のアップデートでは、より多くのCPU機能がサポートされるようになり、実行可能なx64アプリが拡大しています。x64アプリでは標準で有効になり、x86アプリでもプロパティから有効化できるようになるそうです。
このプレビュー版が正式版としてリリースされれば、これまで動かなかったアプリが動くようになったり、動作が不安定だったアプリがより安定して動くようになる可能性があります。
これまでの改善状況
そもそも、ここ1〜2年でArm版Windowsの互換性は大きく改善されてきました。
Qualcommの最新CPU「Snapdragon X Elite」や「Snapdragon X Plus」の登場で、エミュレーションでも実用的な速度で動作するケースが増えています。MicrosoftやQualcommが発表したデータによると、Arm版Windows PCユーザーがネイティブ対応アプリを使っている時間は全体の約90%に達しているそうです。
現在の有名アプリ対応状況
家電量販店で販売されているような有名どころのソフトウェアについては、かなり対応が進んでいるのが現状です。
具体的には次のようなアプリがArm版でも問題なく動作するようになっています。
- Webブラウザ:Microsoft Edge、Google Chrome、Firefox
- オフィスソフト:Microsoft 365(Office)全般
- クリエイティブ:Adobe Photoshop、Blender、DaVinci Resolve
- コミュニケーション:Zoom、Microsoft Teams、Slack
- その他:主要なセキュリティソフトなど
MicrosoftとQualcommは、世界で最も使われているアプリの上位から順に開発元へ働きかけを行い、現時点で約4,000〜5,000のアプリケーションが互換性テスト済みとなっています。Qualcommの調査では、一般的なユーザーが利用する範囲においては「不都合のないところまで進めることができた」とのことです。
つまり、WebアプリやOfficeを中心に使う方であれば、現時点でもかなり快適に使えるレベルまで到達しているということですね。そして、今回のプレビュー版の機能強化が正式版として提供されれば、さらに対応アプリが増える見込みです。
それでもまだまだ残る「落とし穴」
さて、ここからが本題です。最新のプレビュー版でPrismの機能が強化され、正式版がリリースされればさらに互換性が向上するのは間違いありません。でも、すべてが解決するわけではないんです。むしろ、「有名アプリは動くようになった」「互換性が改善された」という事実の裏に、まだまだ見えにくい課題が潜んでいるんですよね。
フリーウェアや個人開発ツールは厳しい
大手メーカーのアプリは対応が進んでいますが、フリーウェアや個人が開発した便利ツールとなると話は別です。こういったソフトは開発者のリソースが限られているため、Arm版への対応が後回しになっているケースが多いんですよね。
例えば、「昔から愛用している軽量なテキストエディタ」「特定の画像変換ツール」「ちょっとした作業を効率化してくれる小さなユーティリティ」といったソフトが、Arm版では動かない可能性があります。
こういうツールって、日常的に使っている人にとっては「これがないと仕事にならない」レベルで重要だったりしますよね。有名アプリの対応率が高くても、こういった隠れた部分で困るケースは決して少なくありません。
ゲームは依然として厳しい
ゲームを楽しみたい方にとっては、かなり厳しい状況が続いています。
人気のオンラインゲーム、例えば「Valorant」「League of Legends」「Apex Legends」「Call of Duty」などは、アンチチート機能がエミュレーション環境で正常に動作しないため、プレイできないことがほとんどです。アンチチート機能はシステムの深い部分にアクセスするため、エミュレーション層との相性が悪いんですよね。
また、グラフィックスAPIの問題もあります。多くのゲームはIntelやAMDのグラフィックス機能を前提に最適化されているため、Arm版でのテストが十分に行われていません。そのため、起動できたとしてもパフォーマンスが不安定になったり、グラフィックスの表示がおかしくなったりすることがあります。
業務ソフトとレガシーアプリの問題
仕事で使うソフトについても注意が必要です。
大学や研究機関でよく使われる統計解析ソフト(SPSSやJMPなど)、会計ソフト、電子申請系のソフトウェア(e-Tax関連など)は、多くがx86/x64専用で動作検証すらされていない状況です。「会社や学校から指定されたソフトが動かない」という事態に陥る可能性が高いです。
また、古い業務ソフトやレガシーアプリも要注意です。特に企業で「代えがきかない」ような古いシステムは、そもそもArm版での動作を想定していません。こういったソフトは、エミュレーションでも動かないケースが少なくありません。
周辺機器(プリンターなど)の現状
ソフトウェアだけでなく、周辺機器との互換性も大きな課題として残っています。
プリンターやスキャナーが使えない可能性
特に深刻なのがプリンターです。プリンターを動かすには「ドライバー」というソフトウェアが必要なのですが、多くのメーカーがArm版用のドライバーを提供していません。
CanonやEpsonなど大手メーカーの最新モデルであれば、順次Arm対応が進んでいます。ただし、少し古いモデルや、安価な機種についてはドライバーが提供されないケースが多く、「パソコンは新しくしたのにプリンターが使えなくなった」という事態になりかねません。
スキャナーやペンタブレットなど、専用ソフトやドライバーが必要な機器についても同様の問題があります。Wacomのペンタブレットなど、一部の製品では制限が発生することが報告されています。
古いデバイスのサポートは期待薄
前述しましたが、メーカーがArm用のドライバーを出さない限り、その機器は使えません。特に古い機器や、もう販売が終了している製品については、今後もドライバーが提供される可能性は低いでしょう。
つまり、「今使っている周辺機器を引き続き使いたい」という方は、購入前に必ず対応状況を確認する必要があるということです。周辺機器の互換性は、ソフトウェアの互換性よりも本質的で解決が難しい課題と言えるかもしれませんね。
実用面での選び方
では、実際にパソコンを選ぶときにはどう考えればいいのでしょうか。
「問題ない」ユーザーと「慎重に検討すべき」ユーザー
Arm版でも問題ないと思われる人
- Webブラウザとクラウドサービスが中心の使い方
- Microsoft Officeやメール、ビデオ会議がメイン
- 使用するソフトウェアが限定的で、すべて対応確認済み
- 省電力・長時間駆動を最優先したい
こういった使い方であれば、Arm版のメリットを十分に享受できると思います。バッテリーが長持ちして、発熱も少なく、快適に使えるはずです。
慎重に検討すべき人
- フリーウェアや特殊なツールを日常的に使う
- ゲームをプレイしたい
- 業務用の専門ソフトを使う必要がある
- 古い周辺機器を引き続き使いたい
- メインマシンとしての購入を検討している
- パソコンに詳しくなく、トラブル時の対処が不安
こういった方は、現時点では従来のIntel/AMD搭載PC(x86/x64版)を選んだ方が安全です。Windowsを使い続けるのって、こういう昔からあるアプリを使いたいという人も多いと思います。そういう方はなおのこと慎重になった方がいいでしょう。
Arm版が向いている用途
Arm版Windows PCは、省電力と長時間駆動が大きな魅力です。そのため、「サブマシン」や「外出先専用マシン」としては優秀な選択肢です。
例えば、メインのデスクトップPCは従来型を使い、外出時にはArm版のノートPCを持ち出すという使い分けなら、Arm版の長所を活かしつつ、互換性の問題も回避できます。
また、新しい技術に興味があって「実験的に使ってみたい」という方や、トラブルが起きても自分で調べて解決できる方であれば、Arm版にチャレンジする価値はあると思います。
既存資産を重視するならIntel/AMD
逆に、「今使っているソフトや周辺機器をそのまま使い続けたい」という方は、やはりIntelやAMDのCPUを搭載した従来型PCを選ぶべきです。
Windowsの最大の魅力は、過去からの豊富な資産が使えることにあります。その互換性を確実に保ちたいなら、まだまだ従来型の方が安心できるというのが現実です。
まとめ
今回発表されたWindows 11 Insider Preview ビルドでのPrism機能強化は、確かに大きな前進です。このアップデートが正式版として一般ユーザーに提供されれば、Arm版Windowsで動作するアプリはさらに増えるはずです。
ただし、それでも互換性が完璧になるわけではありません。
「最新プレビュー版で互換性が強化された」「正式版がリリースされればもっと良くなる」というニュースを見て、「じゃあもう大丈夫だ」と飛びつくのは危険です。特に、パソコンをメインマシンとして使う方や、仕事で使う方は、慎重な検討が必要です。
「互換性はさらに向上する見込みだけれど、まだ万人向けではない」というのが、2025年11月時点での正直な評価ですね。
参考リンク

